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カレー粉はインド料理なのか、イギリス料理なのか

結論。カレー粉はインド料理そのものではなく、インド料理の植民地的な圧縮ファイルである

カレー粉は便利だ。ターメリック、コリアンダー、クミン、フェヌグリーク、胡椒、唐辛子などが最初から混ざっていて、ひと振りで「カレー味」になる。だが、インドの家庭で全員が同じカレー粉を使っているわけではない。

インド料理の基本は、料理ごとにスパイスを選び、挽き、炒め、油に香りを移すこと。カレー粉はその膨大な地域差と工程を、ヨーロッパの台所で使えるようにまとめた商品である。便利だが、かなり乱暴な翻訳でもある。

「カレー」という言葉がすでに雑である

英語の curry は、南インド系の語に由来するとされるが、イギリス側ではインドの汁気あるスパイス料理をまとめて呼ぶ便利な箱になった。日本語で「煮物」と言えば肉じゃがも筑前煮もぶり大根も入るように、curry も本来は広すぎる。

しかもインド側では、ダール、サンバル、コルマ、ローガンジョシュ、クートゥ、ポリヤル、ヴィンダルーのように、料理名と技法名で細かく分かれる。そこに外から「全部カレー」とラベルを貼った。カレー粉は、その広すぎるラベルを粉末にしたものだ。

1780年代には商業カレー粉が売られていた

商業的なカレー粉は18世紀末のイギリスで売られていた。これは、植民地経験を持つ人々が帰国後も「インド風」の味を再現したいという需要と結びつく。インドの台所にいた料理人の手つきを、瓶詰めの粉に変換したわけだ。

ここに植民地性がある。現地の複雑な料理体系が、帝国の中心で消費しやすい商品に変わる。だが同時に、カレー粉は世界中の台所にスパイス料理を広めた。悪いだけでも、良いだけでもない。圧縮されたものは情報を失うが、運びやすくもなる。

日本カレーはこの圧縮ファイルの再展開である

日本のカレーはインドから直接来た料理というより、イギリス式カレー粉を経由した洋食である。明治期に入ったカレーは、日本の米、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、小麦粉のとろみ、甘みと合体して、インド料理とは別の国民食になった。

ここが面白い。日本カレーはインド料理の劣化版ではない。インド料理をイギリスが圧縮し、日本が自分の米文化に合わせて再展開した料理だ。だから日本カレーは「偽物」ではなく「翻訳の翻訳」と見る方が正確で面白い。

WA-INDOでカレー粉をどう扱うか

和食をインド化するとき、カレー粉は使っていい。ただし、それだけで終わると情報量が少ない。カレー粉は入口であって、ゴールではない。

例えば肉じゃがにカレー粉を入れるだけなら、カレー味の肉じゃがになる。そこにクミンシードを油で弾かせ、トマトの酸味を入れ、仕上げにガラムマサラを振ると、料理の構造が変わる。カレー粉は翻訳済みの便利な言葉、ホールスパイスは現地語に近い文法だと思えばいい。

便利さを恥じなくていい

カレー粉は雑だが、雑だから強い。忙しい家庭で毎回スパイスを挽くのは現実的ではない。最初はカレー粉で十分。ただ、慣れてきたらクミン、コリアンダー、ターメリックの3本に分解すると、急に料理が読めるようになる。

つまりカレー粉は「卒業すべき初心者道具」ではなく、「必要に応じて戻っていい圧縮ファイル」だ。問題は使うことではなく、それが何を圧縮しているのか知らないまま使うこと。

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カレー粉から自分で組み立てたい人はスパイス初心者は何を買うべきかへ。日本カレー側の翻訳を見たい人は日本カレーはどこまでインド料理なのかへ。

参考にした事実関係: Curry powder / Curry