今のインド料理はいつ今の形になったのか
結論。今のインド料理は古代料理ではなく、何度も更新された近代料理である
インド料理を「何千年も変わらない伝統」と見ると、かなり見誤る。もちろん米、豆、乳製品、香辛料、宗教的な食のルールは古い。しかし、今われわれがインド料理店で見る赤いグレイビー、トマトの酸味、じゃがいも入りのサブジ、唐辛子の辛さ、タンドリーチキン、バターチキン、カレー粉経由の日本カレーは、どれも歴史の途中で入ってきた。
つまりインド料理は「古い土台の上に、外来素材と近代都市文化が何度も実装された料理」だ。ここが面白い。
16世紀以降。唐辛子・トマト・じゃがいもが入る
唐辛子、トマト、じゃがいもはアメリカ大陸由来で、インドには大航海時代以降に入った。今のインド料理でこの3つを抜くと、かなり景色が変わる。アルーゴビのアルーはじゃがいも、赤いカレーの色と辛さは唐辛子、北インドのグレイビーの酸味はトマトが支えている。
ここで重要なのは、外来だから偽物という話ではないこと。むしろ外来素材を自分たちの調理体系に吸収する力が、インド料理の強さだった。トマトは玉ねぎと一緒に炒められてマサラの土台になり、じゃがいもはスパイスを吸う具材になり、唐辛子は黒胡椒とは別系統の熱を与えた。
19世紀。カレー粉がインドを逆輸出する
イギリスはインド料理を「カレー」という広い言葉にまとめ、持ち帰りやすい粉末スパイスにした。カレー粉はインド料理そのものではない。むしろ、インド料理を植民地の台所とイギリスの台所に合わせて抽象化した商品である。
この抽象化が強かった。カレー粉は日本にも入り、日本カレーを生んだ。つまり日本人が家庭で食べるカレーは、インドから直接来たというより、インドをイギリスが一度翻訳し、それを日本がさらに翻訳した料理だ。この二重翻訳の結果が、あのとろみのあるカレーライスである。
20世紀。都市と外食が「代表料理」を作る
バターチキンやダルマカニのような料理は、古代からあるというより、20世紀の都市外食文化と強く結びつく。デリーのモティ・マハル周辺の物語はその代表で、タンドール、残った鶏肉、トマト、バター、クリームが合体して、世界中の「インド料理店らしさ」を作った。
ここでも、伝統は固定物ではない。難民、都市、商売、冷蔵技術、外食の需要が、今の「伝統っぽい味」を作っている。ナンとバターチキンが世界のインド料理店の顔になったのは、インド全土の古代的平均だからではなく、近代都市の外食フォーマットとして強かったからだ。
この数十年。インド料理はさらに変わっている
近年のインド料理は、さらに変化している。都市部では中国風インド料理、ピザ、ロール、フュージョン、健康志向のミレット料理、南インド朝食の全国化、デリバリー向けメニューが広がっている。家庭料理、屋台、結婚式料理、レストラン料理、海外インド料理はそれぞれ別の速度で進化している。
つまり「本場のインド料理」は一枚岩ではない。ムンバイの屋台、チェンナイの朝食、デリーの外食、ケララの家庭、ロンドンのインド料理店、東京の南インド専門店は、全部違う現在形を持っている。
WA-INDOで使うなら
和食をインド化するときも、この歴史感覚が役に立つ。古代っぽく寄せるなら胡椒・生姜・マスタード。近代北インドに寄せるならトマト・バター・クリーム。南インドに寄せるならタマリンド・ココナッツ・カレーリーフ。日本カレーの系譜に寄せるならカレー粉・小麦粉・甘み。
「インドっぽい」は1つではない。どの時代の、どの地域の、どの階層のインドに寄せるかで、同じ肉じゃがでも別物になる。
次に読む
唐辛子以前の辛さは唐辛子が来る前のインド料理は何で辛かったのかへ。植民地経由のカレー粉はカレー粉はインド料理なのか、イギリス料理なのかへ。
参考にした事実関係: Chili pepper / Butter chicken / Curry powder